奈良地方裁判所 昭和39年(レ)11号 判決 1966年9月09日
控訴人(原告) 仁木勝美
被控訴人(被告) 西信夫
主文
原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は控訴人に対し金二万七、三三〇円およびこれに対する昭和三九年三月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
事実
第一、当事者の申立
一、控訴人の申立
「原判決を取消す。
被控訴人は控訴人に対し金三万七、二七一円およびこれに対する昭和三九年三月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」
との判決
二、被控訴人の申立
「本件控訴はこれを棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。」
との判決
第二、当事者の陳述
一、控訴人の主張
(一) 控訴人はいわゆる山林労働者であるが、昭和三六年六月一日から被控訴人に、賃金は実働一日につき金一、〇〇〇円の約定で日日雇い入れられ、架線、集材、山林の下刈り等の作業に従事していたところ、被控訴人は、同年九月二四日、何らの理由も告げず、突如、控訴人を解雇する旨の意思表示をした。
被控訴人は、右解雇にともない、控訴人に対して労働基準法所定の解雇予告手当として、少くとも三〇日分の平均賃金にあたる金三万二、四七一円を支払うべき義務がある。右平均賃金は、昭和三六年六月二三日から同年九月二二日までの三箇月間の賃金の合計九万七、四一五円を三で除して算出したのである。
(二) 控訴人は、右雇傭期間中の昭和三六年八月一八日から同年九月二一日までの間において二七日八分実働したのに、被控訴人は控訴人に対し、その間の賃金二万七、八〇〇円のうち、実働二三日分の賃金にあたる金二万三、〇〇〇円を支払つたのみで、残額四、八〇〇円は未だに支払わない。
(三) よつて控訴人は、被控訴人に対し、右解雇予告手当および賃金の残額の合計金三万七、二七一円およびこれに対する本件支払命令が被控訴人に送達された日の翌日である昭和三九年三月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、被控訴人の答弁
(一) 控訴人の主張(一)の事実のうち、被控訴人が控訴人を賃金は実働一日につき金一、〇〇〇円の約定で雇傭したことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。
被控訴人はその所有にかかる奈良県吉野郡十津川村大字川津所在の山林約五反歩(約四、九五八平方米)の下刈りをして貰うため、特に右目的を明示したうえ、昭和三六年八月一八日、控訴人を雇傭したものであるが、もともと右山林の下刈り作業は、通常一二、三日の期間内で終了する程度のものであつたから、被控訴人は、右期間中だけ控訴人を雇傭したにすぎない。しこうして、右下刈り作業は、同年九月中頃に完了したので、その際当然雇傭関係は終了し、控訴人は被控訴人方を任意に立去つたものである。
(二) 同(二)の事実のうち、被控訴人が控訴人に実働二三日分の賃金にあたる金二万三、〇〇〇円を支払つたことは認めるが、その余の事実は否認する。控訴人は、その主張の雇傭期間中において二三日分しか実働していないのであり、かつ、右賃金支払の際、控訴人と被控訴人は、本件に関し他に債権債務の存在しないことを確認した。
第三、証拠<省略>
理由
被控訴人が控訴人を、賃金は実働一日につき金一、〇〇〇円の約定で雇傭したことは、当事者間に争いがない。
ところで、右雇傭の始期および期間や内容について争いがあるので考える。
当審における控訴人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一号証の一ないし三、第二、第三号証、および弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第四号証ならびに原審証人山口晴夫、同森本士郎の各証言、および原審および当審における控訴人、被控訴人各本人尋問の結果を総合すれば、「被控訴人は木材業ならびに運送業を営んでいるものであるが、控訴人は、昭和三三年三月頃に被控訴人方の仕事の下請をしていた藤川久寿夫に雇われ、約七箇月間出材などの作業に従事したが、一旦同人方を辞めた。その後控訴人は、昭和三五年一〇月頃再び右藤川に雇われ、架線、集材、製材、電柱の積込みなどの業務に従事していたが、昭和三六年六月二一日から同年八月二日迄の間は、藤峰富雄、根本信雄、滝本某ほか一名の者と共同で架線、集材の仕事を被控訴人から請負い、一日当り金二、一九〇円の収入を得た。ところが、右作業も終了したので、控訴人は、被控訴人に頼み込んだ末、同僚の山口晴夫とともに被控訴人に賃金は実働一日につき金一、〇〇〇円の約定で雇い入れられ、同年八月一八日から奈良県吉野郡十津川村大字川津にある被控訴人方の山林の木材搬出作業に従事していたが、右搬出が完了した後も引続いて同一の賃金で被控訴人に雇われて、同月三一日から同人方山林の下刈りや、川津の飯場の小屋直しの作業に従事し、同年八月一八日から同年九月二一日までの間を通じて、合計二七日八分に及ぶ稼働をした。
被控訴人は、前示の作業が終了したので、同年九月二四日、控訴人に対し賃金の支払をしようとしたが、右期間内の稼働日数につき両者間にくい違いがあつてもめ、その話合いがつかないまま、被控訴人は、さしあたり、控訴人に実働二三日分の賃金二万三、〇〇〇円のみを支払つたが、その際、控訴人に、「もう来てくれるな。」と言い、爾後の雇い入れを拒否する旨の意思を表明した。そこで控訴人は、被控訴人から雇い入れを拒否されるや、早速九月二五日大淀労働基準監督署に駆け込み、賃金残額と解雇予告手当の請求を内容とする申出をなし、同署で被控訴人と二回にわたり話合いが行われたが、物分れに終つた。」ところが、一方、同僚の山口晴夫は、その後も被控訴人に雇い入れられ、昭和四一年三月頃まで被控訴人方の作業に従事していた。」ことが認められる。もつとも(1)「藤川久寿夫が被控訴人方の仕事の責任者である」旨の原審証人山口晴夫の証言、控訴人本人尋問の結果(原審)は、被控訴人本人尋問の結果(原審)に照らし、(2)「昭和三六年六月二一日から同年八月二日迄の間、控訴人が被控訴人に雇われていた」旨の控訴人本人尋問の結果(原審および当審)は、前記認定の「控訴人は右期間中は実働一日当り金二、一九〇円の収入を得ていたが、その前後においては、その仕事の内容に大差がないにもかかわらず一律に実働一日当り金一、〇〇〇円の収入しかなかつた」という事実ならびに原審証人森本士郎の証言に照らし、(3)「控訴人は昭和三六年八月一八日から同年九月二二日までの間を通じて、合計二三日分の実働しかしていない」旨の被控訴人本人尋問の結果(原審および当審)は、前示甲第一号証の三、および「川津の飯場の小屋直しは、親方に命ぜられて行つた」旨の当審証人根本信雄の証言ならびに控訴人本人尋問の結果(原審および当審)に照らし、(4)「昭和三六年九月二四日、賃金支払の際、控訴人と被控訴人との間で、前記期間の賃金を実働二三日分金二万三、〇〇〇円とする旨の合意が成立した」という被控訴人本人尋問の結果(原審)は、前記認定の「控訴人はその翌九月二五日、大淀労働基準監督署に、賃金残額と解雇予告手当の請求を内容とする申出をなし、同署で被控訴人と二回にわたり話合つたが、物分れに終つた」という事実ならびに控訴人本人尋問の結果(原審)に照らし、いずれもこれをたやすく信用することはできず他に前記認定をくつがえすに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、控訴人は被控訴人に昭和三六年八月一八日から同年九月二一日まで雇われ、右期間中、当初、主に山林の木材搬出作業に従事したが、その終了後は引続き、主に山林内の下刈り作業に従事してきたものであるところ、その個々の作業は比較的短期間に終了するものであるけれども、もともと、天候や労働者の作業能力などによつて期間に長短が生じ、必ずしも期間が一定し難いものであり、かつ、被控訴人としても、控訴人の作業を限定していたわけでなく、木材搬出や下刈り作業のほかにも被控訴人方で営む製材所の手伝などもさせていたし、賃金も一日当り金一、〇〇〇円の割合であつたが、それも、作業時間が一日に満たない場合、三分あるいは五分というように一回における稼働時間の割合によつて細かく計算されていたことに徴して、控訴人は被控訴人に右期間中日々雇い入れられていたものというべきである。
そうだとすると、控訴人は被控訴人に日々雇い入れられながら一箇月をこえて引続き使用されていたことは前記認定のとおりであるから、労働基準法第二一条但書、第二〇条により、被控訴人は控訴人との労働契約の更新を拒否しようとする場合においては、少くとも三〇日前にその予告をしなければならず、三〇日前に予告をしないときは、三〇日分以上の平均賃金を支払わなければならないことになる。しかるに、被控訴人は、前記認定のとおり、昭和三六年九月二四日控訴人にとくに解雇予告手当を支払うことなく、「もう来てくれるな。」とのべ、爾後の雇い入れを拒否する意思を表明したものであるところ、これが右法条に反してまで控訴人との右契約の更新を拒否するという趣旨か、或いは右法条に従い右契約拒否の三〇日前の予告をする趣旨であるかは判然とせず、そのいずれとも解せられる余地がある。もともと、使用者が労働者を解雇しようとする場合において、三〇日前にその予告をするかそれとも所定の予告手当を支払つて即日解雇をするかは、もつぱら使用者の選択にまかされているところであるか、右のとおり、使用者が解雇の予告とも言明せず、予告手当も支払わないで、いずれか判然としない意思表示をした場合には、その意思表示をどのように受けとるかは労働者の選択にまかされていると解するのが相当であるから、労働者としては、相当期間内において、解雇の予告がないとしてその無効を主張することもでき、また解雇の無効を主張しないで予告手当の支払を請求することもできるというべきである。けだし、労働基準法第二〇条の法意は、解雇される労働者に最少限の保障を確保しようとする趣旨であるから、右のように解しても何ら労働者の不利益となるものではないからである。本件において控訴人は、被控訴人から雇い入れを拒否する意思を表明された翌日に、大淀労働基準監督署に、被控訴人に対する解雇予告手当の請求を内容とする申出をなしたことは前記認定のとおりであるから、控訴人は被控訴人の右意思表示を契約更新拒絶のそれとして受取り、その有効であることを認めたうえで予告手当の支払を請求したものとみるべきである。したがつて控訴人の本件解雇予告手当の請求は理由があり、その金額は、控訴人に支払われた賃金の額が三箇月に満たない期間について明らかである場合なので、労働基準法第一二条第一項、第七項、昭和二二年労働省告示第一号に従えば二万二、五三〇円となるから、右請求はその限度で認容することができる。
次に、控訴人は、昭和三六年八月一八日から同年九月二一日までの間において二七日八分実働したのに、被控訴人はその賃金二万七、八〇〇円のうち二三日分にあたる金二万三、〇〇〇円を支払つたのみで、残余の金四、八〇〇円(四・八日分)は未だに支払わないこと前記認定のとおりであるから、この点の控訴人の主張は理由がある。
そうすると、被控訴人は控訴人に対し、解雇予告および賃金残額の右合計金二万七、三三〇円およびこれに対する本件支払命令が被控訴人に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和三九年三月三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
以上のとおり、被控訴人の本訴請求は右認定の限度で理由があるからこれを認容し、これを超える部分は失当であるから棄却すべきである。
よつて右と異なる原判決を変更することとし、民事訴訟法第三八四条、第三八六条、第八九条、第九二条、第九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 前田治一郎 坂詰幸次郎 寺田幸雄)